分かれの取引の問題点は以前にも書きました。
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売主買主司法書士は別々の方がいい?
不動産の売主が株式会社の場合、資格証明書(会社の本店・住所・代表者の住所氏名が記載された法務局発行の書類です。登記事項証明書等がこれにあたります)&印鑑証明書が添付書類となります。
分かれの取引当日(取引日というのは関係人が一堂に会して登記必要書類の授受と引き換えに買主が残代金を支払う日です)
売主側の司法書士さんから受け取った書類を見ると売主の資格証明書がありません。
売主様の資格証明書が無いのですが。。というと、ああ、会社法人等番号でいけるので取ってないですとなにげにおっしゃいます。
私の方は内心(ええー?!)と絶句です。
売主側の司法書士さんは女性の勤務司法書士さんでした。キラキラした司法書士さんでした。(キラキラなのは関係ないですが)
ここでなぜ登記に法人の資格証明書を添付するのか、その趣旨は何なのかをおさらいします。
①実体法的には、代表取締役として法律行為をしている者が真実代表取締役であり会社代表権を持っていることの証明
②手続法的には、売主である会社の本店と商号が登記簿上の所有者の本店と商号と合致して同一人であることの証明
そして、以前は添付する資格証明書には3か月以内のものという制限がありました。3か月前の代表取締役が現在も代表取締役であるという保証はないのですが、通常は直近の資格証明書が用意されていたし、これさえ確認して添付すれば万一代表取締役が交替していても登記は通ったのです。それに取引当日に不動産の直前確認のために不動産の管轄法務局に走っても会社登記簿の確認に遠方の法務局に走ることは物理的に不可能でしたから。
例外的に商業登記と不動産登記を申請する登記所が同じでかつ大規模庁でなければ添付省略ができたのですが、代表取締役の確認と間違いなく登記を通すためということで、さすがに別れの取引で資格証明書を用意しない司法書士はいませんでした。
ところが、不動産登記令(規則)が改正されて平成27年11月2日から資格証明書の添付に代えて会社法人等番号を記載することになりました。ただし、1か月以内の登記事項証明書を添付した場合は、会社法人等番号の記載は不要ということになりました。
この改正の趣旨は、オンラインでリアルタイムで会社代表者を確認して不実の登記を防止することとは説明されていません。「申請人の負担の軽減を図るため」とされています。でも登記事項証明書はわずか500円です。負担の軽減というのはいかがなものでしょうか。オンライン申請も強力に推進されていますから電子政府の推進(こんなに便利ですよ)というところではないでしょうか。
さて、不動産登記申請が出されると、登記官は申請書に記載された会社法人等番号を元に会社登記にアクセスして代表者を確認することとなります。
例外的に1か月以内の登記事項証明書を添付することが認められたのは、会社登記に時間がかかり会社登記の完了を待っていたのでは不動産登記完了が遅延することの救済のようです。
しかし、取引の場面で売主側の司法書士が会社の登記事項証明書を持ってこないことがありえないのは何ら変わりはないはずです。売主側司法書士は、上記の改正を受けて1か月以内の登記事項証明書を持参し、なおかつ登記情報提供サービスで取引当日の代表取締役を確認していると思い込んでいました。
わたしが売主買主双方から依頼を受けた時は必ず登記情報提供サービスで当日に代表取締役を確認していますから。
今回、売主側司法書士が事前に買主の会社の資格証明書をFAXするというのを不要と言ったときに持ってこないことに気付くべきでした。
会社の登記事項証明書を持参していないと言うので、写しでいいのでありませんか?と言うとファイルの中から写しを出してきました。
(ここは私も大きな誤解をしていたのですが、1ヶ月以内の登記事項証明書さえ添付すれば登記官が書面だけの審査で必ず登記がなされるとは限らなかったのです。1ヶ月以内の登記事項証明書を添付しても登記官によっては会社登記にアクセスしてリアルタイムの代表取締役を確認することがあるということです。1ヶ月以内の登記事項証明書を添付しても代表取締役が交替していれば登記がストップしてしまうこともあるのです。)
さて写しなんか気休めにもなりません。だからといって取引の中止を宣言できるでしょうか?
一義的には売主側の司法書士が売主の本人確認の義務を、代表権の確認も含めて負います。印鑑証明書(原本)には代表取締役の氏名が記載されており、代表取締役本人が臨席し、免許証で本人確認もできています。
一方、代表取締役が取引日前に交替し前代表取締役が取引に来るという可能性は限りなく低いです。
迷いましたが続行を判断し、何事もなかったかのように取引を終えました。
法務局に走り、履歴事項証明書を請求し、あー大丈夫だったと胸をなでおろし、原本を不動産登記申請書にホッチキスで止めて申請しました。
キラキラ司法書士はわたしがドキドキしたことなんて想像もしていないでしょう。
またひとつ教訓ができました。
分かれの取引で買主側の司法書士であっても売主の本人確認、登記識別情報の不失効照会の取得(前日にする司法書士がいる)に加えて登記情報提供サービスで売主及び抹消銀行の履歴事項証明書を請求すること。
(抹消銀行こそ代表取締役が交替しているリスクが高いです)
しかしいちばんの衝撃は、この話を同業者にしてもほとんど話が通じなかったことです。
司法書士の登記業務はAI(人工知能)による代替可能性が78.0%と言われています。
登記の申請書などAIが容易に作るでしょう。私たちの存在意義はほとんどないリスクを事前に防止することではないでしょうか?ほとんどなくてもリスクが顕在化すれば不動産のことですから当事者の経済的損失、精神的負担は計り知れません。
会社法人等番号の記載で資格証明書が不要になったからと何も疑問に思うことなく持参しない司法書士、なくてもああそうですかと疑問に思わない司法書士、それは経験の有無等関係なく意外と多いのかもしれません。
ちなみに、会社が売主の場合に前代表取締役が取引に来るケース、あまり想定できませんが身内でもめているような同族会社が想定できます。先行する売買契約を前代表取締役がしたので取引もそのまま来たということも想定できるかもしれません。このケースなら新代表取締役から書類の貰い直しができるでしょうが、もめてる同族会社などでは書類の貰い直しはできないでしょう。
そして、登記は補正がかかり、書類の差替えができなければ無権代理人による登記申請ということで取下げか却下になります。登記官に代理権消滅後の表見代理(民法112条)が成立すると詰め寄ってもムダです。司法書士が取引当日の代表者を登記事項証明書で確認しなかったことはとうてい無過失とは言えないでしょうし、そもそも登記申請のような公法上の行為に表見代理の規定は適用されないでしょう。
では買主はどうするか。司法書士相手に損害賠償請求訴訟を起こすでしょう。
でもそうやって訴訟を提起すること自体買主にとっては大きな損害です。
取引当日の履歴事項証明書を確認する手数料は僅か335円です。これで上記のようなトラブルが回避できるのならタダのようなものです。
ちゃんと確認しましょうよ。
それから取引当日登記情報提供サービスで代表権は確認した。しかしその3日後に1週間前に代表取締役が交替されたという登記が出ていたというケースが考えられます。
不動産の取引においてリスクを完全にゼロにすることはできません。できる限りゼロに近づけるようにするべきことはする。後は相手を信用する。それ以外に妙案は無いように思います。そしてするべきことさえしていれば専門家としての過失責任を問われることはないと考えています。
まあ99.9%大丈夫なんでしょうけど、0.1%はリスクがあるわけです。てきとーにやっても今までトラブルなかったって、それはたまたま運が良かっただけです。
あなたが本人確認・意思確認もせずに根抵当権の抹消をしたせいであなたの後で仕事して、あの司法書士はそんなうるさいこと言わなかったと売主から激怒されましたよ。わたしは根抵当権抹消の義務者確認のために韓国にまでも行くつもりだったのに。
わたしが売主が認知症では所有権移転登記ができないと断った後であなたがやるもんだから、司法書士というのは絶大な権限があるもんですね、司法書士のよしという一声で登記ができましたと、断った私が無能のように言われたり、まあそういった迷惑はかけているわけです。